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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)2641号 判決

原告 横井武雄

右訴訟代理人弁護士 大脇雅子

同 佐藤典子

同 大脇保彦

同 長縄薫

同 名倉卓二

同 初鹿野正

被告 大京観光株式会社

右代表者代表取締役 横山修二

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 山岸赳夫

主文

1  被告大京観光株式会社は原告に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和五三年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告大京観光株式会社に対するその余の請求及び原告の被告株式会社デザム建築事務所、同大成建設株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告大京観光株式会社との間においては、原告に生じた費用の三分の一を被告大京観光株式会社の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告株式会社デザム建築事務所、同大成建設株式会社との間においては、全部原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金七五〇万円及びこれに対する昭和五三年一〇月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「原告宅地」という。)及同目録(二)記載の建物(以下「原告建物」という。)を所有して居住している。

2  被告大京観光株式会社(以下「被告大京観光」という。)は、被告株式会社デザム建築事務所(以下「被告デザム」という。)に設計及び工事監理を依頼し、被告大成建設株式会社(以下「被告大成建設」という。)に建築工事を請負わせて、別紙物件目録(三)記載(1)(2)の土地(以下「本件土地」という。)内の、別紙図面1中「ライオンズマンション覚王山」と表示する位置に同目録(四)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、昭和五三年一〇月一日までに六階まで建築が終った。

3  原告宅地、建物の状況

原告は、昭和三一年原告宅地を購入し、原告建物を建築して以来二〇年余に亘り居住してきたが、原告宅地は高台の南端に位置し、東側は七・一二メートルの切り立った崖となってコンクリート擁壁が付設されており、南側は回り込んだ道路が東方から西方にかけて急傾斜にせり上がっていて、昭和四五年に建築された六階建の建物(エスポア覚王山、以下「南側建物」という。)が原告宅地に一日の大半その日影をおとしており、西側には訴外水野庄大の居宅が、北側には訴外吉岡紘一、同眞鍋清富、同横地宗一、同鈴木初江の各居宅があり、原告宅地及び建物はこれらの建物に、南、北、西の三方を囲まれている。

4  本件建物の位置関係と状況

本件建物の敷地は原告宅地の東側の崖下七・一二メートルに位置し、しかも本件建物は原告宅地との境界線に可能な限り近接して建てられ、かつ原告建物は高さにおいて本件建物の四階部分と同位置となり、原告建物の居間と寝室の東側目前に本件建物の四ないし六階部分のコンクリート壁及び同建物内の台所、浴室及びトイレの通風口が存し、東北寄りにはエレベーター用塔屋(高さ二一メートル)が存する。

5  本件建物の違法性

(一) 原告宅地は、前記のように本件建物建築前は南、北、西の三面を近接する建物に囲まれ、東側のみが開け、その眺望と通風の利益を東側のみによって得ていたにもかかわらず、本件建物により眺望は完全に奪われ、採光も悪化し、夏期は蒸し暑く、冬期は寒気が厳しく、息苦しさや圧迫感は耐え難いものとなり、原告宅地に僅かに残されていた冬至における日の出から午前八時半までの日照も完全に奪われた。

また本件建物は高さ一七・五メートルあり、かつ本件土地の地盤面と原告宅地のそれとの間に約七メートルの段差があることから、風害が発生し、また本件建物内の台所、浴室及びトイレの通風口からの臭気が原告宅地内に吹きつけるようになった。さらに本件建物が原告宅地との境界に近接しているため東側の擁壁の補修が全く不可能になって、原告宅地の安全性が害された。

(二) 本件建物は通常の近隣土地の利用方法を逸脱し、右建物の位置、高さ、容積からして付近の居住者に眺望阻害、風害、日照阻害等の損害を与えることが明らかであるから、被告らは事前に付近の居住者から意見を求め、十分話合を尽し、その了解を得ることが必要である。しかるに、被告らは原告との協議を誠実に行なわず、本件建物の建築工事を強行した。

(三) 被告らは、本件建物の建築確認申請を、建築基準法の改正(日照基準の新設)がなされたが、いまだその適用地域を定める名古屋市条例の実施されていない時期に行い建築確認を受けて、右改正法によっては違法となる本件建物を建築したものであって、右改正法を潜脱するものである。

6  被告大京観光が本件土地を入手したのは昭和五三年一月であって被告らは、本件建物の建築に当たり、先住者である原告宅地、建物の形状を知り、本件建物の建築が原告に損害を与えることを予測していたのであるから、損害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り共同して本件建物の建築を強行したものである。よって被告らは不法行為責任を免れず、原告の被った後記7の損害を共同して賠償する責任がある。

7  損害

(一) 財産的損害

原告宅地及び建物はその価格が三二〇万円下落し、また原告の光熱費等の出資が五〇万円増加した。

従って、原告は三七〇万円の財産的損害を被った。

(二) 精神的損害

原告は、本件建物の完成後、その存在によって日照、通風、眺望等の生活利益を害され、そのため精神上多大の苦痛を受けたが、これを金銭をもって慰藉するとすれば三〇〇万円を以て相当とする。

(三) 弁護士費用等

原告は本件訴訟追行のために、本訴訟代理人に報酬等として五〇万円の支払を約するとともに設計事務所に図面作成を依頼し、その費用三〇万円を支出した。

従って、原告は総額七五〇万円の損害を被った。

よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づき、七五〇万円及び被告らに本訴状が送達された日の後である昭和五三年一〇月三一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(被告ら)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実中、原告宅地が東側のコンクリート擁壁上にあり、その高さが七・一二メートルであること、原告宅地が南、北、西の三方を原告主張の建物によって囲まれていることを認め、その余は否認する。

4 同4の事実中、本件建物が原告宅地との境界に可能な限り近接していること、通気口が原告建物の東側目前に存することは否認し、その余は認める。

5 同5の事実は否認する。

被告らは原告と協議し、その要請に基づいて本件建物の位置を移動し、当時原告代理人であった弁護士の了解を得て建築に着手しているのであり、本件建物は適法なものである。

6 同6の事実は争う。

7 同7の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件建物の建築が原告に対し通常受忍されるべき限度をこえた不利益を強いるものであるから違法である、と主張するので本件建物の建築をめぐる事情、右建物の建築による原告の被害及びその程度について検討する。

1  本件建物建築の経緯

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

被告大京観光は、昭和五二年一〇月ころ、本件建物を集合住宅として建設することを計画立案し、被告デザムに設計及び建築施工の監理を依頼したうえ、設計図の完成した同年一一月末から同年一二月初めにかけて、本件建物建設予定地の近隣居住者を挨拶及び説明を兼ねて訪問し、同月中に本件建物の建築確認申請を行った。

原告は被告大京観光に対し、翌昭和五三年一月二通の要望書を提出し、本件建物を原告宅地との境界線からできるだけ離すこと、風害対策をとること、建築工事中の騒音防止及び安全対策をとること、電波障害に対する対策をとること、プライバシーを守ること等の要求をし、弁護士を原告の代理人として被告大京観光と交渉した。被告大京観光は、本件建物の建築工事を被告大成建設に請負わせることにし、被告らは原告の要求に従って本件建物と原告宅地との間隔を最狭部で〇・六メートルから一・六五メートルに変更し、その他の要求についてもできるだけ配慮する旨を回答した。

被告らは、同年二月に本件建物の建設に着工したところ、原告は本件建物の建築工事禁止仮処分申請をなしたが、同年七月三一日右申請は却下され、本件建物は本訴が提起された同年一〇月には既に六階部分まで建てられ、翌一一月には完成した。

被告大京観光は、本件建物の各専有部分、共用部分及び本件土地の共有持分を分譲し、現在すべて第三者に売却済みである。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件建物建築前の状況

《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。

原告建物内の各部屋の配置は、別紙図面1のとおりであって、南側と東側は庭に面して開口部をとっているが、原告宅地の南側に昭和四五年頃七階建の南側建物(エスポア覚王山)が建築されるに及んで、原告建物の南側開口部は終日日影となった。

原告宅地は、別紙図面Ⅰ、Ⅱのとおり、南側に前記七階建の南側建物があり、西側に木造瓦葺平家建居宅が、北側に木造瓦葺の建物が、東側には高低差七・一二メートルの崖があり、四方を囲まれた準袋地になっていて、公道への出入は幅員約〇・六五メートルの通路によっている。

本件建物の敷地部分を含む本件土地は、本件建物が建築される以前、露天の駐車場として使用され、その管理事務所としてプレハブ小屋が一棟建っていたに過ぎず、原告建物から東側を眺望すると原告土地が高台であるためかなり遠方まで展望でき、また南側建物による日照阻害はあるものの、冬至において午前七時三〇分から午前八時三〇分ころまでは原告建物においても一部日照が確保されており、付属建物である物置はほぼ終日にあたって日照を享受しうるため、これを勉強部屋に使用していたことがある。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

3  本件建物完成後の状況

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件建物は、昭和五三年一一月ころ完成したが、別紙図面Ⅱのとおり、地上六階建で、高さ一七・五〇メートル(屋上に存する塔屋部分の高さを加えると二一・六〇メートルとなる。)あり、西側の原告宅地との境界線寄りの部分の高さが最も高く、東側へ向って階段状に低くなっており、本件土地の北側は駐車場となっている。

本件土地は、第二種住宅専用地域にあり、建蔽率一〇分の六、容積率一〇分の二〇であるところ、本件建物の建蔽率は一〇分の五・二五、容積率は一〇分の一九・八五である。

(二)  本件建物の西側外壁は薄茶色のタイル貼りであって、右外壁と原告宅地境界線との間隔は原告宅地の南東角において一・七二メートルしかなく、また本件建物と南側建物との間隔は最も接近している場所では約〇・七〇メートルしかない。

ところで、人間が自然に視界をとらえる能力は上方約四〇度、下方約二〇度であり、建設省は公営住宅を建設する場合、各居室の窓からの視界を水平面において左右九〇度以上の地点を開放状態にすること、垂直面において上方四五度以上の地点に天空が眺望できるようにすること、という基準を設け、昭和四五年五月八日に通達として関係各方面に知らせ、これに基づいて指導している。

そこで、原告建物内の南東に存する和室と縁側との境で、原告宅地の南端から約七・二〇メートル北方の地点において、東方を眺望すると、水平面において一二〇度、垂直面において上方六〇度の各視界範囲に本件建物の壁がはいることになり、かつ、同場所から本件建物西側の外壁までは約五・八〇メートルしか離れていない。

次に圧迫感についてみる。

圧迫感は、本来、人の心理的な要因によってその感じ方も異なるのであって、当該建物のデザイン、色彩、当該建物に対する個人的な感情(被害者意識も含む。)等が大きな比重を占めるが、近時、かような圧迫感の大きさの程度を計測するために提唱されている形態率(当該建物全体が示す天空遮蔽率――当該建物の外形の水平立体角投射率――であり、当該建物までの距離及び当該建物の物理的な量を測定するもの。)によると、それが四パーセント以下ではほとんどの人が圧迫感を感じないが、八パーセント以上では逆にほとんどの人が感じることが報告されているところ、原告建物内の東南に存する和室の東側窓中央において形態率を測定すると約一九パーセントである。

(三)  日照についてみるに、冬至において原告建物内の東側二部屋(茶間及び和室)で午前七時三〇分から午前八時三〇分ころまで、原告宅地の北東角にあたる物置でほぼ終日日照を得ていたが、本件建物建築完成後は、冬至において原告建物内の右二部屋に午前七時三〇分から午前八時三〇分ころまで、幅約〇・八〇メートルの帯状の日光がさしこむだけになり、右物置についても午前九時ころから部分的に日照を得るに過ぎず、原告宅地の内、東側の庭についても帯状の日光が約三〇分さしこむに過ぎなくなった。

(四)  風害についてみるに、原告宅地においては、北西風が年間一四ないし一五パーセントで比較的多く、そして本件建物完成前は、北西風は南東方へ吹き抜けることができたが、本件建物完成後は右風は、本件建物と南側建物の約〇・七〇メートルの狭い隙間を吹き抜けるしかないことになり、本件建物の西側壁に当たった風が、原告宅地の東側及び南側の庭で舞い、かつ、風圧もかなり強まった。

(五)  擁壁の補修についてみるに、原告宅地は東側に存するコンクリート製の擁壁によって土砂の流出を防止し、存立しているが、右擁壁は築造後相当の年月を経過し、コンクリートは中性化してもろくなり、内部の鉄筋は腐食し本来の強度はなく、早晩修理をする必要がある。

右修理方法として、アース・アンカー工法によることが適当であり、同工法は、擁壁の上方からアンカーを土中に埋め込み、それで擁壁を引っ張って、崩れるのを防止する方法であるが、同工法を行うためには、擁壁の外側、つまり本件建物と擁壁との間が六ないし一〇メートルあいていることを要する。

しかし、本件建物と擁壁との間隔は最狭のところ一・七二メートル、最広のところで二・四五〇メートルしかなく、右工法を採ることは困難であり、擁壁の上方から補修するしかなく、そのためには原告建物を収去し、機械を入れて擁壁の裏側を掘り土砂を入れかえて地盤改良を行うとか、或いは本件建物と擁壁の狭いすき間からコンクリートを注入する方法等いずれも多額な費用を要することになる。

以上のとおり認められる。

《証拠判断省略》

三  責任

以上の認定事実に基づいて、被告らが原告に対し、その主張のような責任を負うべきかどうかについて判断する。

1  被告らは、原告またはその代理人の同意を得て、本件建物の建築工事に着工したもので違法ではない旨主張するので、まずこの点について判断する。

前記二1認定のとおり、被告らが、原告の要望書及び原告の代理人との交渉において主張された点について、完全に原告を満足させる回答をしなかったこと、原告は被告らが、本件建物の建築工事に着工するや直に建築工事禁止の仮処分申請を行っていることを考慮すれば、原告が本件建物の建築に同意していたものと認めることはできない。

もっとも、被告らが原告代理人に対してなした本件建物の建築により原告に生じる損害の防止対策を回答したのに対し、右代理人が異議を述べたことを認める証拠はないが、このことをもって直ちに原告が黙示に本件建物の建築に同意したと解することはできない。

よって、本件建物の建築に原告か同意していた旨の被告らの主張は理由がない。

2  被告デザム、同大成建設の責任について

被告デザム、同大成建設は、それぞれ被告大京観光との契約に基づき、その義務の履行として前者は本件建物の設計・監理を、後者は建築工事の施工を行った者に過ぎないのであるから、本件建物の建築工事に伴って生ずる騒音、振動等による損害については格別、完成後の本件建物を存置させること自体によって生ずる日照、眺望、通風等の阻害については原則としてその責を負うべきものではない。

もっとも請負人または受任者であっても、いわば単なる注文者の手足としての因果関係の担い手にとどまらず、みずから、または注文者と意思相通じ、他人の享受しうべき日照等の生活利益を妨害する目的をもって建物を建築完成した場合、または、当該建物が建築基準法に違反し、右違反のため他人の生活利益を妨害するにいたるべきことを知りながら、もしくはこれを知り得たにもかかわらず過失によりこれを知らないで、建物を建築完成して、他人の生活利益を侵害した場合などは、右侵害について不法行為が成立し、損害賠償義務を負うことあるのは当然であるが、本件においては被告デザム、同大成建設について右事由を認めるに足りる証拠はない。

なお原告は、本件建物の着工が日影条例の施行に近接した時期であり、いわゆる「かけこみ着工」であるとして、同条例による規制によれば本件建物は違法なものとなるから、実質的に違法である旨主張する。

しかし、文理に反して条例の施行期を遡及させるのと同様の重大な結果を招来する解釈をすべき合理的な根拠はなく、本件建物は同条例の規制対象外というべきであり、ただ本件建物の建築が違法性を帯びるか否かの判断の際に日影条例の趣旨をもその一要素として斟酌されるにすぎず、それで足りると解するのが相当である。

よって、その余を判断するまでもなく、原告の被告デザム、同大成建設に対する請求は理由がないものというほかない。

3  被告大京観光の責任について

(一)  請負人に注文して建物を建築させ、その結果完成した建物を所有することにより違法に第三者の日照等の生活利益を妨害するに至らしめた者は、その第三者に対して不法行為責任を負担しなければならない。

従って前記二1認定のとおり、被告大京観光は本件建物の建築を請負わせた注文者として、本件建物を存置させたことにより、原告に対し日照等の生活利益を侵害したのであれば、不法行為責任を負担しなければならない。

もっとも、被告大京観光は、前記二1認定のとおり、本件建物の完成によってその所有者となったが、その後間もなく本件建物の各専有部分及び共有部分を第三者に分譲し、現在、本件建物の所有権を有していないが、このことのゆえに同被告が本件建物を存置させたことによる不法行為責任を免れることはできない。

(二)  ところで、土地の使用権者がその地上に建物を建てることによって隣接建物居住者に対する日影、風害、圧迫感等の被害を与え、そしてその被害の程度が社会生活上一般的に被害者において受忍するを相当とする程度を越えたと認められるときは、違法な生活妨害として不法行為責任を負うものである。

(三)  そこで、本件について、受忍限度を越えたものか、どうかにつき判断する。

前記二1ないし3認定の事実によれば、原告宅地の東側に沿って、高さ一〇・三八メートルの本件建物西側の外壁が垂直にそそり立ち、原告宅地の東側から東方を展望することは不可能で、本件建物と南側建物とのわずか約〇・七〇メートルの間隙から南東方面を見通しうるに過ぎなくなり、原告方居宅は閉塞状態となった。

そのうえ、原告建物と本件建物との間隔は約五メートルしかなく、至近距離に垂直にそそり立つ本件建物から受ける圧迫感は相当強度なものと認められる。

もっとも、既に原告宅地の南側には近接して七階建の南側建物があり、西側及び北側には木造の家屋があって、三方を囲まれた状態であったから、その限度において原告方の眺望は既に一部阻害されていたが、しかし唯一残されていた東方の眺望が本件建物の建築により奪われ、四方を建物によって塞がれた状態になったのであるから、本件建物による開放性の阻害及び圧迫感は一層増大したものと認められる。

また、《証拠省略》によれば、原告の圧迫感を緩和するため、被告らが少なからぬ費用を投じて西側壁を薄茶色のタイル貼にしたことが認められるが、しかしこれをもってしても、原告の圧迫感が著しく軽減されたとは認められない。なお、圧迫感が人の心理的要因によって大きく影響されるものであり、原告が本件建物について、建築前から相当悪感情または被害者意識を有していたことは容易に推認しうるが、そうであったとしても本件建物に対する原告建物からの形態率の大きさに照して、原告以外の者であってもその圧迫感は耐え難い程度のものと認められる。

次に、日照阻害について、前記二の2及び3(三)で認定したとおり、原告宅では既存の南側建物による日照被害が既に存し、原告建物では、僅かに残されていた冬至における早朝の一時間の日照が、本件建物によって殆ど享受できなくなった。ところでこのように複合日影が生じる場合、新たな建物による加害者に既存建物による日影の責任を負わせることはできず、各自の寄与度に応じて受忍限度を考慮すべきであるが、かような見地に立っても、本件において本件建物の日照阻害の全体で占める割合はわずかであるが、その日照阻害により原告建物は冬至においてほとんど日照を享受しえなくなったのであるから、その日照侵害を全く無視することはできない。

さらに、本件建物の通風阻害についても前記二3認定の事実によれば、通風阻害により、原告が直接または間接に被害を被っていることは容易に推認でき、風害も又軽々に看過しえないものである。もっとも、この点についても、原告宅地が本件建物の建築以前に、三方を囲まれた状況にあったことの影響を否定することはできないが、完全に被告大京観光の責任を喪失させうるものではない。

してみれば、本件建物の建築の結果、原告建物は、本件建物建築前に比し、採光、眺望(開放性を含む。)が著しく阻害され、圧迫感は耐え難い程であり、日照阻害、風害がこれに加わって住居適応性を相当程度欠く結果をきたしており、右被害を総合すると被害者である原告において一般的に受忍すべき限度を越えているものというべきである。

なお、原告は、擁壁の補修が困難になった点及び本件建物の通気口からの臭気について主張するが、以下説示するとおり、右の点についてはこれを受忍限度の判断要素とはしえない。

まず擁壁の補修についてみるに、前記認定のとおり、本件建物が原告宅地との境界に近接して建てられたため、本件建物が建設される以前に比して擁壁の補修に多額の費用を要することになるが、本来擁壁の所有者である原告は自己の所有地を使用して擁壁の補修を行うべきものであり、また、民法二〇九条は擁壁工事のための隣地に使用権を規定しているが、右は必要がある場合に隣地の一時使用を請求することができる旨規定しているにとどまり、かかる請求権のゆえに本件建物の建築が違法であるということはできない。

なお、原告は本件建物が愛知県建築基準条例六条に違反し、高さ二メートルをこえる崖の下に存する本件土地に、その崖の高さの二倍以上の水平距離をとらずに本件建物を建築したから、擁壁の補修が困難になり、原告は著しい損害を被った旨を主張する。

しかし、右条例の規定は行政的規制として崖の上下の土地を安全に利用するために定められたものであり、本件建物が右規定に反して建築されたため、原告が擁壁の補修に多額の費用を要することになったとしても、そのことと右規定の趣旨とはなんら関係がなく、原告は前記説示のとおり、自己所有地のみを利用して擁壁工事を行うべきであって、右規定により、崖の上に土地を所有する原告が、崖下の隣地の一定範囲を擁壁補修工事のために使用しうるのであるから、その範囲の隣地は更地にしておくべきであるとの原告の主張は、なんら根拠がなく、独自の見解であり、採り得ない。

従って、本件建物が完成したことにより、右立入が不可能または困難となり、そのため補修費用が多額になっても、それ故に本件建物の建築が違法とはいえない。

次に、本件建物の通気口からの臭気が原告建物に吹きつけるおそれがある旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

(四)  右のとおり、原告に対して受忍限度を越えた生活利益の侵害があったというべく、このような被害は本件建物の建築に当然伴うものであるから、被告大京観光において建築開始にあたり、その発生を予見すべきであり、また前記二1認定のとおり、原告の本件建物についての要望書が提出され、同被告は原告代理人である弁護士とも交渉しているのであるから、原告の右被害発生は十分知りえたのであって、同被告の過失は肯認するに十分である。

もっとも、前記二1認定のとおり、原告の申請した本件建物の建築工事仮処分決定が却下されているが、これをもって過失を否定することはできない。

従って、同被告は、原告に対し、不法行為による責任を免れず、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

四  損害

1  財産的損害

原告宅地建物の価格低下については、確かに、日照、通風、眺望等の悪化により住居としての適性に不利となり、その価格が相当程度低下することはありうることであるが、反面将来の高層化によって逆に上昇することも考えられうることであって、この点に関する原告の損害の主張はこれを裏付けるに足りる証拠は何もない。

また光熱費等の損害についても、原告は右損害額について納得しうる資料をもった立証を何ら尽していないので、原告の右主張もまたこれを認めることができない。

2  慰藉料

前記認定の原告の生活利益侵害の態様、程度、原告の原告建物の使用状況等の一切の事情を総合して勘案すれば、原告が右被害により被った精神的苦痛に対する慰藉料額は、金七〇万円を以て相当と認める。

3  弁護士費用

本件事案の難易、認容額その他の諸般の事情を斟酌して、金一〇万円の範囲内で本件不法行為と相当因果関係に立つ損害と認める。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の被告大京観光に対する請求は、金八〇万円の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、原告の被告デザム、同大成建設に対する請求は理由がないので棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田辺康次 裁判官 合田かつ子 西田育代司)

〈以下省略〉

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